7 7月
2021

鍵※R-18

いつも見ているはずの何も書かれていない表札を改めて見る。何となく気になった、そんな感じだ。
アイツらしいなとクスリと笑い、鞄からスペアキーを取り出し鍵穴に差し込む。
その鍵は仙道との関係が始まった時に、仙道に手渡された物だ。

「オレ、インターフォン鳴っても気づかないことがあるんですよ」

そう仙道は苦笑い交じりに言ったのを今でも鮮明に覚えている。自分の世界に入っているらしい。「お前らしいな」と言うともっと困ったように笑う。
色気も何もないやり取りではあったが、何となく大切な物に思えて、牧はいつだってこの鍵を肌身離さず持っている。
右に回すと金属の鈍い音が鳴り、鍵が開いたことを知らせる。ドアノブを回し、何も言わず靴を脱ぎ中へ足を踏み入れた。
寂しく冷たい雰囲気の漂う部屋。電気が点いていない所為だろうか。普段より冷たく思えたのは。仙道の部屋にはあまり物が置かれていない。
それでも、この部屋がぼんやりと明るいのは、部屋の電気のかわりに点いているテレビのお陰。テレビの青白い光りが、部屋の輪郭をぼんやりと映し出す。
本当にアイツらしい。
電気を点けようと電気ペンダントの紐へと手を伸ばしかけた時、後ろに気配を感じた。
静かな足音に神経を集中させる。

「牧さん、来てたんだね」
「あぁ。ついさっきな」

振り返り、仙道、と部屋の主の名前を呼ぶ。電気を点けるぞと言うと、どうぞと返事が返ってきた。奴の、仙道の微笑んでいるであろうその笑顔を見る為、牧はペンダントの紐を引く。
蛍光灯はその独特なカチカチと乾いた音を立て、最初は鈍くそしてすぐに明るく部屋を照らし出す。
目が合う。案の定、仙道はニコニコと笑っていた。
仙道の顔から視線を外して、身体を頭の先から爪先まで眺める。髪はフニャリと額に落ちている。上半身裸の身体に首からバスタオルを垂らして、いかにも風呂上がり。下半身はハーフパンツだ。
牧の視線に気付いてか、仙道がシャツを着ながら言う。

「風呂に入ってたんスよ」
「見りゃ分かる」

そりゃそうですねと、仙道は肩をすくめる。少し冷たい牧のその物言いは、長い付き合いということもあり慣れている。といっても別に仙道は牧と初めて会った時から気にしてもいないのだが。それでも、たまにふと思うことがある。
そして、もう少し優しい感じに喋ってみてはどうなんだろう、といつも思う。もう少し優しい口調なら女の子だってもっと寄ってくるだろうに。彼は堅物すぎる。
だがそこまで考えると、流石に牧に悪いと思えてきて、仙道は考えるのを止めた。牧に向き直り訊く。

「何か飲みます?って言ってもポカリしか無いんですけど」
「…あぁ」

仙道なりの好意を受け入れた牧は、ローテーブルを前に床に腰を落とす。その間にも仙道が350㎜lの缶を2本手にやって来た。はい、と牧に1本手渡すと、仙道も牧の斜め前に座る。プルトップに指をかけ開けると仙道は一口飲み、牧を見る。

「今日はどうしたんですか?恋の悩みかな?」

とぼけて聞く仙道に一言、「馬鹿」と返す。分かってるだろと目で言う。
仙道はクスクス笑った。前髪を下ろしているせいで、幼く見える仙道の笑顔が可愛く思えた。

「分かってますって」

一息置いて、じゃあやっちゃいますかと続けベッドの端に腰掛ける。
仙道の言葉に今度は牧が肩を下ろす。もう少し色気のある言葉を選べ。そう思ったが、そんなことを言ったところで仙道には通じない気がした。また茶化してくるのが目に見えて分かっている。だったら最初から言わなければ良い。いちいち口を出して、疲れるのは自分なんだ。
この関係を持ちだしたのは牧だった。初めての時はそれはそれは気の毒なくらい仙道を振り回した。しかし今では立場が逆転しているように思えてならない。この鍵を渡されたその時から。
一向に動かない牧を、少し心配そうに仙道が見上げる。

「どっか調子悪いんですか?」
「いや」
「ねぇ、牧さん」
「なんだ?」
「今日はお手柔らかに、ね?」

先程の幼く見えた笑顔とは異なり、妖艶な笑みを浮かべる仙道に思わず鼓動が強くなるのを、牧は感じずにはいられなかった。
いつだってそうだ。なにか軽口を叩いては牧を苛々させるのに、次の瞬間には、こうやって愛しく見えたりする。
そんな仙道を心のどこかで恐れている部分があるが、その思いを口には出さずにベッドへ。

元々牧も仙道も駆け引きが好きな性格だった。どこか自分と同じ匂いがする男には絶対に負けたくないのだ。この関係に勝敗など存在はしない。するとすればコートの上でだけだ。
それなのに、二人は仙道が牧に鍵を渡したその日からこの関係をまるでギャンブルのように楽しんでいる。
仙道はいつだって牧のその強面の下にある別の一面を見たいと思っている。牧はいつだってその笑顔の下にある一面を見ていたいと思っている。それを引き出す方法は?そう考えると楽しくて楽しくて仕方ない。彼らはこの関係を心から好んでいる。
途中、牧は電気ペンダントの紐を2回引っ張る。今度はオレンジ色の豆球が、部屋を照らし出す。

「電気つけっぱなしでも良いのに…」

不服を訴える仙道を無視して覆い被さる。牧は首筋に頭を埋め無視して唇を重ねる。仙道は嬉しそうに牧の肩へと腕を廻す。
豆電球でオレンジ色に染まった部屋の中。2人は激しく貪欲に求め合う。
緩やかに上気していく仙道の呼吸は、いつだって余裕に満ちている。
悔しいな。そう思うと歯痒い。ローテーブルに置かれた鈍く光る鍵を一瞥してから、牧はいっそう激しく仙道の体を責め続けた。

So, what do you think?

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。