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7 7月
2021

Incomplete Care※R-18

「お湯溜まったからさ、風呂入ろっか」

日が昇らない早朝から新幹線や電車を乗り継いで神奈川にやって来た沢北は、 大きな欠伸をして声の主の方を振り返る。振り向いた先にいるのは、浴室から ぺたぺたと足音を立てて戻ってきた仙道だ。仙道は欠伸をした沢北にお疲れ、ともう一度口にした。昼ごろに再会した時にも言われたはずなのに、こうして 改めて言われると何だか嬉しくて、照れ隠しに一つ鼻を鳴らした。
グレーのシャツを身に纏っていたはずの仙道の上半身は、すでに裸の状態だ。 意外と気の早い仙道のその有様に、沢北は可笑しくなって今度は抑えることなく 笑みを浮かべた。

「おう」

遊びに行こうかと誘われて、その誘いに応じるような軽い感じで返事をして みせると、仙道は嬉しそうに頷く。
明かりが落とされた暗がりな部屋だが、テレビの明かりだけが仙道の輪郭を ぼんやりと映し出す。彫りの深い顔立ちがやけに綺麗に見えた。
「さぁ、いこうか」その言葉を合図に立ち上り着替えを用意して、さっさと 脱衣所に向かう。こうして仙道とはよく風呂を伴にするから、風呂の場所はよく知っている。
仙道も箪笥から着替えを引っ張り出すと、呑気に衣類を振り回しながら沢北の後についた。

沢北が仙道の部屋を訪れた時、二人は大抵一緒に風呂に入る。
お世辞にもあまり広いとは言えない風呂。二畳半の洗い場に、それと同じくらいの大きさの浴槽が一つ。
単身用のアパートなのだから一人で入るには十分な広さではあるが、 その風呂に190センチ近くもある大柄な二人が入るとなると話は別だ。 どうしても窮屈な思いを強いられてしまう。
それでも仙道は一緒に風呂に入ろうと言い出し、沢北もいつも首を縦に振り、 決してNoと言うことはない。むしろ最初の頃は照れ隠しに嫌そうな顔をしていた沢北も、 今では沢北から一緒に風呂に入ろうかと言い出すことも少なくはない。 そんな関係を沢北は好み、また仙道という人間を更に好きになっていく。
ぼんやりと仙道の白い肩甲骨の辺りを見つめる。沢北も色は白い方だ。 しかし、仙道の色の白さは、別格だと沢北はいつも思う。何故かは分からないが、 仙道の白さは他の人とは違うもののように思えて、たまに仙道が消えてしまいそうな錯覚に陥る。

「沢北、先に入るよ?」

言われてハッと我に返る。仙道は既に全て脱いでいて、足元を見れば仙道が 脱ぎ散らかした衣類が捨てられたゴミの様に転がっている。何でちゃんと籠に入れるなり、 洗濯機に入れるなりしないんだろうか。そんなことを考えながら、一つ「おぉ」と 返事をしてやると仙道は先に浴室に入っていった。それから脱衣場に一人残されたと思うと、 妙な寂しさが湧いてきて沢北もサッサと全て脱いでしまうと、仙道がいる浴室へと入った。
浴室に入り後ろ手でドアを閉める。ドアの閉まる音に、仙道は反応してこちらを一瞥した ものの手に持ったたらいで再び自分の体を濡らした。
立ったままの掛け湯は、そばにいる沢北にも湯が少し散ってしまった。神経質な ところのある沢北は、仙道の無神経ぶりに少しムッとしたがそんな感情を思い起こすだけ無駄だった。 どうせ二人とも濡れるのだからと仙道は思っている為、そんなことは全く気にすることはない。 何も言わずに、湯槽にじゃぶんと大きな水音を立てて浸かる。浴槽に張った湯が溢れ、 洗い場の排水溝へと流れてしまった。大らかな彼らしい動き。派手に入った為に排水溝へと 流れる湯を見ると、脱衣した服のこともそうだが、ついついもう少し静かに入ってはどうだろうか、 湯が勿体ないと沢北は呆れた表情を浮かべる。
沢北の呆れ顔をよそに、湯槽に浸かった仙道の顔に笑みが広がった。いつものほほんとした笑顔を 浮かべている仙道が、こんな時はこの世の幸せを全て手に入れたと言わんばかりの表情をする。 そんな表情を見る度に、心のどこかがこそばゆい感じがしてならない。
沢北も床に座り込んで、手元に置いてある洗面器にお湯を汲んでシャンプーを始めた。
以前使っていたシャンプーと同じ匂いがして、沢北はまたこそばゆい感じがして、照れ隠しに頬を膨らませた。

沢北が体を洗っている間、鼻歌を歌いながら仙道は浴槽の淵に腕を置きその様を見る。 といっても沢北の向こうにある何もない壁を、ただぼんやりと見ていたりすることもあるのだが。
そして時に仙道は気まぐれに沢北の体に触れ、ゆっくりその体を撫でる。体、というよりは傷跡を、 と言った方が良いのかもしれない。沢北の体には、未だ消えることのない傷跡がいくつか残っている。 中学の頃、バスケ部に入部してすぐにレギュラー入りを果たした沢北に対し、嫉妬心を燃やした上級生らに、 生意気だと言い掛かりをつけられ受けた暴力の跡だ。少しは消えた方ではあるが、それでもまだ 消えないで沢北の腹や背中に薄くついている。
その傷跡を仙道は撫でるのだ。
まるで慰めているかのような仙道の手の動きに、沢北は心地良さを感じている。
初めて仙道が傷跡に触れた時は驚いたものだ。傷を触れられることで嫌な過去を思い出し、しかめっ面さえした。 が、今では好きにさせている。
好きにさせている理由は仙道の体にも同じような傷跡がいくつかあることからだ。
ただ違いがあると言えば、沢北の傷跡と比べて大分古いということだ。鎖骨にも、わき腹にも、ヘソの脇にも残る蚯蚓腫れのような跡。
同じように嫉妬から受けたものなのだろうかと考えてはみるが、どうせ想像のものでしかなく、 沢北はそれらの傷跡の出来た経緯が分からずにいた。それもその筈。何度となくこの傷跡は何なのか 問うが、仙道が話すことはない。訊いても笑みを浮かべたまま、横に首を振るだけだ。
だから沢北には分からない。

体を洗い終えた沢北の肩から足の付け根に仙道の手が動くと、そこを重点的に撫で始めた。 しばらく好きに撫でさせていたが、仙道の手の動きによって徐々に自分の下半身に熱を帯び始めてきたことに気づいた。 ハッとして仙道を見つめる沢北の視線に気付いてか、仙道は楽しそうに笑いながら足の付け根から手を離す。
嫌な奴だと沢北が軽く仙道を睨むものの、当の本人は気づいていない振りをしているだけなのか、 浴槽の淵に手を付き立ち上がった。

「交代ね」

ザバッと鈍い水音を立てて仙道が湯槽から、洗い場の床に降り立つ。
全く動かない沢北を尻目に長身の体を折り畳むように屈み、シャンプーが入った透明のプラスチックの ボトルに手を伸ばす。が、ボトルに手が触れる前に沢北が仙道の手を少し強く掴んだ。
笑みを深くして沢北を見、その場に立ち上がる。
水気を含んだ長めの前髪が額に落ちてきて、それを欝陶しそうに後ろに掻き上げる。 仙道がよくやる仕草だ。いつ見ても自分にはない大人の色気というのだろうか。 そんな色気が仙道にはあるような気がして、沢北は思わず喉をならした。

「ここで?」

質問を投げ掛けてきた仙道の目には、この状況を楽しんでいるような色が伺えた。
いつもそうだ。
沢北のことを求めているくせにヘラヘラ笑い、仙道は沢北を見る。  試されているかのような笑みに微かに苛立ちを覚えた沢北は、少し強引に淡いクリーム色の濡れた壁に仙道を押しつけた。仙道がヘラヘラ笑って自分を見返すのは、別に馬鹿にしている訳ではないことは沢北もきちんと分かっている。でも、苛立つのは仕方ない。
壁に押しつけた瞬間、後頭部を打ち付けてしまったらしい。痛みに顔をしかめるが抵抗をすることなく、少し困った顔をして笑った。

「沢北は性急だなぁ」
「仙道が仕掛けたんだろ」
「はは、んなつもり無かったんだけどな」
「どうだか」

睨んでいた目元を緩ませて口許に笑いを含ませ、軽く口付ける。
やはり抵抗することなく、仙道はあっさりと沢北を受け入れた。口調とは裏腹な優しい口付けに、仙道は優しい気持ちになる。
今まで誰とも付き合ったことがないと沢北は言っていた。嘘だろうと茶化し半分で訊き返したが、真っ赤な顔をしてバスケしか頭に無かったから嘘じゃない。沢北はそう答えた。キスも仙道が初めてだ、と。
それにも関わらず、こんなにも心地良い口付けが出来る沢北に、感心を抱かずにはいられない。
もっと沢北に触れたくて、ゆっくりと背中を壁伝いに下ろしていく。この時間を噛み締めるように、ゆっくりと。

「あっ………ああっ…」

声を発してしまったものの小さく息をついて、唇を噛んで沢北を受け入れる。
壁に頭だけを預けた格好の無理な態勢での挿入に、本当は声を出したくて仕方ない。
しかし、ただでさえ音が響きやすい浴室。喘ぎ声が外に響いたら、何て言われるのだろうか。追い出されるかもしれない。今このアパートを追い出されたら、それこそ洒落にならない。
声を出せる訳もなく、声を出さないように仙道は沢北の背中にある傷跡をたどたどしい動きで撫でた。

しばらく互いに無言のまま腰を動かす。二人の耳に届くのは濡れた音と息遣い、たまに仙道が発する押し殺したような喘ぎ声だけ。 それから仙道が沢北を呼ぶ声。それらを聞く度に、沢北の中の肉欲はキレイに解消されていく。
それなのに虚無感だけは拭うことが出来ずにいた。
学校生活だってプライベートだって充実したはずの生活の中、どうして自分がそのようなことを思うのか沢北は分かっていない。 ただ、仙道をこうして抱く度に、未だに心にぽっかりとした大きな穴が塞ぎ切れていないことを知らされる。それならば もう抱かなければ良いじゃないか。この部屋に来なければ、こんな思いをせずに済むじゃないか。いつか終わりを迎える関係なら、 ここで終わらせてしまえ。そんな事を考え、口にしようとしたが、考え事よりも体の方が正直だった。沢北の体が震えたことを仙道は見落とさなかった。体外で射精しようとする沢北の尻の肉を掴み、 逃げられないようにする。うろたえる間もなく、沢北は射精してしまった。喪失感に体の力が抜けるのを覚え、 そのまま前方、仙道の体の 上にのめり込む。汗のにおいと心臓の鼓動が心地よかった。舌の根も乾かぬうちに、と自分でも思ったがやっぱり仙道が愛しい。 仙道の名を呼ぶ。声が擦れている。

「仙道……」
「あ?」

色気のない言葉に沢北はうなだれる。男だから当然といえば当然なそれだが。

「こんな事して何の意味があるのかな…」

仙道の右脇腹に残る傷跡を撫でると、その指の動きに全身が敏感になっている為か仙道が軽く息を吐いた。
沢北の問いに呼吸を一つ吐き、答える。

「…意味はねぇと思う」
「………」
「じゃあ、何でそんなことを思う?」

心なしか仙道の視線が冷たく見えて、気まずくなってしまう。しかし訊いてしまったからには、何かのレスポンスを しなければならない。今自分が思いつくだけの言葉を並べてみる。

「…分かんねぇ。でも何か虚しいっつぅか…。ごめん、何でもねぇ」

そう言って沢北は仙道の上から退けると、後処理を始めた。受ける側の体力の消耗が大きいことはよく分かっている。 だから気だるい体に鞭を打って積極的に動く。ふとまだ仙道が達していないことに気づいた。手で掻くか、口で慰めるか。 少し考えて口で慰めることにした。口に含み、舌と歯を使い愛撫する。

快楽に振れる体とはかけ離れた所で、先程の沢北が紡ぎかけた言葉の続きを仙道は考えていた。
一度はそんなことを考えたことがあったことを思い出す。こんなことをしていて一体何になるのかと。答えはすぐそこにあった。 恋愛感情はあるのかといえば、どうなのか解らない。それでも二人が互いを欲するのは傷を舐めあう為。そんな行為も 傷跡が無くなる訳ではないし、たまに思い出して嫌な気分になる自分らの過去が全て消え去る訳でもない。
むしろ、意味がないことを繰り返すことは、実にどうしようもない虚しさを生む。
でも。
傷の舐め合いみたいな幼いこの行為で、どうか少しだけでも互いに癒されますように。
熱気の籠もった浴室の天井を仰ぎ、仙道はようやく長い快楽から解き放たれた。

End

7 7月
2021

アイスプレイ

 薄暗い八畳ほどの広めの部屋。
 床はフローリングで、低めのテーブルとそれに見合った低めのラブソファ、その他には大きめのベッドと、最低限必要な物だけしかない部屋を、テレビの明かりだけがぼんやりと部屋の中を照らしだしている。
 沢北は隣に座り、先程からぼんやりとテレビを観ているこの部屋の主を一瞥する。
 最初にこの部屋に入ったとき、部屋を見回した沢北は思わず言った。

「随分とシンプルな部屋だな。なんかこう、置いたりしないのかよ。置物とか」
「ん?片付け苦手だからさ。それに面倒だから、あまり物を置かない様にしてしてるんだよ」

 そう即答したこの部屋の主こと仙道に、沢北は心から同感した。現に沢北の部屋もあまり物は置いていない。
 理由は仙道と同じく、だ。そんな沢北だから、この部屋に随分と心地よさを感じていた。
 しかし夜になり、一階に下り夕食を済ませ、この部屋に戻った時。仙道は一度照明を点け、テレビを点けると短く「消すね」と言い、照明を消してしまった。
 そして今に至る。
 いくらシンプルな部屋が好きだと言っても、この様はとても寂しい感じがした。
 いつもこんな薄暗い部屋で過ごしてるのかと、眉を寄せ嫌そうな顔をして問う。
 沢北は、あまり暗い場所は好きではない。何となく不安になるから。幼稚だと思われても仕方ない。それが理由なんだから。
 だから中学三年生になった今でも寝る際には、豆電球を点けて眠りについている。これからも、眠る際には電気を点けたまま眠るんだろうと何となく思っている。
 一方の仙道は暗い部屋が好きだ。
 それが何故だか、本人さえも分かっていない。それでも小さい頃から、暗がりな所を好んだ。
 寝る時は必ず部屋を暗くするし、テレビを見る時は必ずと言っていい程に部屋の明かりを消す。
 何度か親に、視力が落ちるから止めなさいと注意を受けたことがあるが、止められずにいて、親ももう注意しても埒がないとあきらめている。
 沢北の問いに中途半端に伸ばした前髪を掻き上げ、うん、と短く答えた。

「お前、見かけによらず根暗な奴だな」

 唇をキュッと上げて、少し皮肉を言ってみせるが、全く意味はなさなかったみたいだ。

「あはは、どうも」

 嫌味だと分かっているんだろうか。それとも分かっていないんだろうか。沢北にはサッパリ分からない。
 ただ、いつもの笑みを浮かべてそう言う仙道に、嫌味が通じない嫌な奴だと思うと、もうそれ以上は何も言わなかった。
 再びテレビに視線を戻す。続けて仙道も再びテレビに視線を戻した。
 テレビは好きだ。もちろんバスケをすることが一番好きだ。その次に食べること、寝ること。
 それから次にテレビが好きだ。一番はバスケだから、無理してまで見たりはしないが。
 久々に見るテレビ。最近は全国大会などで、テレビを見る機会が減っていた。集中して見たいと思ったが、どうやらそれは叶いそうにない。
 さっきから隣にいる仙道を見ては、ドキドキしていて、中々テレビに集中出来ずにいる。残念にも思うが、それ以上に滅多に会えない人と一緒に居られることが嬉しく思える。
 だが、純粋にそう思いたいのだが天の邪鬼な気質がある為か、中々それを認めずに、沢北はテレビを見続けた。

「アイス食う?」
「あ?」

 見ていた番組が終わり、コマーシャルが始まると仙道が言い出した。ほんの少し首を傾げて沢北を見た。
 沢北はふと、先程観たテレビの内容を思い出した。
 そういえば、タレントが旅番組でアイスを美味そうに食ってたな。ていうことはアレか?テレビ観てたら食いたくなったってことか?

 意外と子供らしい所があるんだなと思うと、この妙に大人びた部屋とのギャップが可笑しくて堪らない。プッと吹き出し笑うと、仙道が少し頬を膨らませた。
 が、それが今の沢北には逆効果だったらしく、仙道のその膨れっ面を見るなり、また笑い転げた。

 笑い過ぎた所為か呼吸を整えるのに、多少なりと時間を要してしまったが、何とか呼吸を整え滲んだ涙を拭うと仙道を見る。
 仙道はホッとしたように笑う。
 もう膨れっ面ではない。もう一度「アイス食べる?」と訊いてきたので、今度は素直に首を縦に振ってみせる。

「そう、良かった。じゃあ持ってくるからちょっと待ってて」

 笑顔でそう残し立ち上がると、ゆっくりとした動きで仙道は部屋を出ていった。
 閉じられたドアを見ると、余計に一人になった感じがしてならない。
 早く戻ってきてほしい、と考えながら、沢北はふと先程の仙道のことを思い出していた。
 あれだけ馬鹿にされたように大笑いされたというのに、今では笑顔を向ける仙道。
 オレだったら無理だ。あんなに笑い転げられたら、きっと半日は苛々したまんまだ。  それなのに仙道は一時間どころか、ものの数分で…。
 仙道って大人だよな、色んな意味で。
 
 そんなことを考えていると、何だか自分がとても子供のような気がして沢北はしばらく落ち込んだ。だが、それから仙道が戻ってくるまでの間、仙道について考えてみようと思い立った。

 二人が出会い、こうして付き合い始めてから一週間も経たない。告白をしたのは、沢北からだった。自分でもこのことには、今でも驚いている。
 沢北が仙道に告白をした日。それは二人が初めて出会った全国大会の日のことだった。
 試合が始まる前から仙道の話は聞いていた。東京に仙道という凄いプレイヤーがいる。それも、自らガンガンと点を獲りにいくタイプだと。
 自ら点を獲りにいくタイプとは、まさに自分と似たスタイルを持つ奴だ。
 それらを聞いていた沢北は、胸が踊る感覚を覚えずにはいられなかった。
 試合開始前、両チームウォーミングアップの最中、ちらりと相手のチームの連中を見た沢北は、すぐに噂のプレイヤーが誰なのか分かった。
 背は185センチ程だろうか。周りの選手に比べて大分背は高い。また、目にかかりそうなくらい中途半端に伸ばし、端から見ると欝陶しそうにも見える前髪が印象的なその選手。遠目から見ている為、ハッキリとはその顔立ちは見て取れなかったが、十分に整っていることは分かった。
 それから、彼の表情に沢北の目は奪われる。
 笑っていた。楽しみだ、そういった笑顔を仙道は浮かべていたのだ。
 同じ学年の選手なら、沢北の噂の一つや二つ聞いているはずだ。ましてや、対戦相手のことなら、それは尚更だ。
 少しは怯んでいてもおかしくはない。それなのに、仙道はただただ、これから始まる試合を純粋に楽しみにしている、という感じだった。
 ちくしょう。沢北は、小さく心の中で呟いた。仙道の態度が気に入らなかった。
 本気で潰してやろうと心に決めた。それと同時に、違う感情が芽生えていたのだが、沢北はそのことには気づいておらず、仙道を倒す為、列に並んだ。

 試合終了を告げるこのブザーを聞くと同時に、いつもなら自然と口許が緩む。
 沢北率いるチームが勝利を修めたというのに、沢北の心はいまひとつ晴れていない。
 それもこれも、目の前の仙道の所為。
 整列しながら、上目遣いがちに相手のチームメイトを見た。
 悔しそうなのは確かだが、その顔にはそれぞれ満足感さえ漂っていた。
 負けたくせにどうして?
 ふと、キャプテンである仙道を見る。仙道は乱れた前髪を手で後ろに掻き上げながら、ぼんやりと天井を仰いでいた。
 沢北の視線に気づいたのだろうか。目が合うと仙道は笑った。

 思わずドキッとした。
 たった今、仙道率いるチームは負けたというのに何事もなかったかのように、ふわりと笑った見せた。
 仙道の笑顔が何を示すかなんか分からない。負けたのに、笑う。
 どうして?という言葉だけが頭の中を駆け巡る。仙道の笑顔を見ていると、何故か不安な気持ちになってきて、愕然としてしまう。
 挨拶の間も沢北は仙道から視線を外すことが出来ない。挨拶を終えジッと見据えた。  だけど、ずっとそうしている訳にもいかず右手を差し出した。
 キャプテン同士が軽く握手を交わす。この握手は、勝った者から負けた者への「お疲れさま」のメッセージが籠もっていたり、負けた者から勝った者への「次も頑張れよ」のメッセージが籠もっている。必ずしなければいけないだなんて決まっていないから、しない場合もある。
 負けて歯を食い縛って背中を向けるキャプテンも多くはない。

 だが、こいつなら。

 試合中、随分とプライドの高いだという印象を受けた。それでも仙道なら、この手を握るだろう。笑いながら。そう考えていると、案の定、笑顔で右手を差し出し沢北の手を握った。その手は僅かにヒンヤリした感じがして、少し驚いた。
 それから仙道は、他の誰にも聞こえないくらいの小さな声で確かに言った。握られた手に一瞬力がこもる。

「ありがとう。めっちゃ楽しかったよ」

 子供のように無邪気な笑みを浮かべて、沢北を見据える。無邪気なはずの笑顔は、沢北にヒヤリとした感じをもたらした。
 この時、既に沢北の心が試合開始前から仙道に支配されていたことに、沢北はようやく気がついた。

 控え室に戻った沢北は、心の整理をした。こうして滅多に他人のことについて考えることのなかった為、苦労してしまう。だけど、自分は仙道のことをどう思っているのか、必死に考えた。
 考えに考えた結果、ようやく沢北の中に答えが出た。答えが出たからには居ても立ってもいられなくて、部員たちに用事があるからと伝え控え室を出ると、ある場所に向かった。

 会館の誰も人が来ることがなさそうな、だが風当たりの良い階段の踊り場に仙道は一人でいた。こちらに背を向ける格好で、コンクリートの壁に身を預けて風に当たっている。

「よ、仙道。お疲れ」

 声をかけると仙道はゆっくりとした動きで振り返る。やはり笑っていた。

「よくここが分かったね」
「オメェんトコの奴に訊いた」
「そっか。…で、どうした?」

 肝心な所を訊かれ、沢北は思わず押し黙ってしまった。
 黙り込まれてしまうと、流石の仙道も困ったように沢北の近くまで近寄り、顔を覗き込んだ。沢北は言った。

「オレさ、仙道のこと好きだ」

 仙道が驚いたように眉を上げ、少し慎重になりながら言葉を選び言う。

「…好きって、今日会ったばかりじゃん」
「分かってるよ、そんくらい。でも好きになった」

 正直、それから後のことは覚えていない。あまりにも緊張して、だ。だけど自分が仙道に一目惚れした、と言ったことや、仙道が笑いながら、首を縦に振ったことは覚えていて、今もそれらを思い出すと、心の中が温かくなる。

「沢北、お待たせ」

 やっと戻ってきた仙道に「おせぇよ」と一言不平を漏らす。
 本当は嬉しさでいっぱいだったのだが。

「ごめんごめん、冷凍庫の中がすげぇことになっててさ」

 棒アイスの一本を沢北に寄越すと、仙道もその隣に座る。ふわりと仙道の匂いがして、沢北は口許を緩ませた。
 早速袋を開けてアイスを味わう。バニラ味のアイスの甘味と冷たい感覚が、口内に染み渡る。

 仙道もワンテンポ遅れてアイスを食べ始めた。その為、沢北の方が早くアイスを食べ終えてしまう。
 食べ終えた沢北は、あまり仙道を見ないようにしていた。見られながらだと、急かしてしまって悪いと思ったのだ。
 だが、あまりにも仙道が中々アイスを食べ終える気配がしなかったので、ふと仙道を見やる。
 仙道は、一口一口ゆっくりとのんびりとアイスを食べていた。一口、口に含んではゆっくり噛んで。
 なぜわざわざ噛むのだろうか。横目で見ながら疑問に思ったが、沢北はそれを口にはしなかった。
 ゆっくり噛んで食べているせいだろう。アイスが溶け始めて、仙道の腕に溶けたアイスが一筋、二筋流れ落ちる。

「仙道。アイス溶けてんぞ」
「あ、本当だ」

 沢北に言われて初めてそのことに気づいた仙道は、ようやく自分の腕を見た。それなのに仙道は動かない。
 そんな仙道を見た沢北は、ため息をついて仙道の腕を取ると、その腕をペロリと舐めた。どうしてそんな行動に出たのかわからない。
 仙道の体がピクリと反応した。

「沢北…?」

 眉を思いっきり上げて目を丸くした仙道は、軽く身を引いた。笑っていない。

「仙道がのらりくらりとアイス食ってるからだ。とっとと食っちまえ」
「ねぇ、沢北」
「あ?」
「一緒に食べようか」

 今度は沢北が目を丸くした。仙道は笑いながら沢北を見ている。少し意地悪な感じの笑顔。

「あぁ?あと半分もねぇんだから、さっさと食っちまえよ」
「分かってないなぁ、沢北は」

 言って仙道は手元のアイスを一口、口に含むとそのまま沢北の口に自らの唇を運ぶ。
 流し込まれる液体よりも、仙道の行動に驚いて沢北はまた驚いた。
 しかし、嬉しくなってアイスを、仙道とのキスを味わう。舌を絡ませ、もっともっと仙道の味を味わえるように深く。
 息苦しくなって唇を離す。互いに肩で呼吸しているのに気づく。
 見つめ合い、躊躇いがちに仙道の瞳を見つめる。
 仙道は薄く笑い頷いた。
 沢北は仙道の瞳を見つめたまま、仙道が握るアイスを奪うと一口含む。仙道がゴクリと息を飲んだ。緊張してるんだ、と思った。
 互いに服を脱がし合い、唇を重ねる。初めてのことだから仙道も沢北も、脱がせるのに時間を費やしてしまったが。
 重ねた唇から液体が零れ落ち、それを舌で追う。耳の穴を舐める。

「ん…」

 仙道が擦れた声を漏らした。
 暗がりな部屋の為、はっきりと仙道の顔は分からない。照明を一つ点けようかとも思ったが、止めた。
 またアイスを口に含んで、今度は首筋に落とす。舌で丁寧に溶けたアイスを、仙道の体に塗りたくっていく。
 胸の突起を舐めあげると仙道の体が反り、より強い快感を示して沢北にそのことを知らせた。
 沢北は仙道が感じる所を、しっかり覚えようとその体を味わった。

 沢北は何度も擦れた声で「好きだ」と言った。何度も、何度も。
 自分はまだ幼すぎて、「好き」という言葉でしか想いを伝える術をもたない。
 それでも、どうしても仙道に伝えたくて沢北は何度も「好きだ」と言い続けた。

オマケSS

沢北は何度もオレに好きだって言った。
頬を赤くして何回も。
あ、ごめんね、沢北。オレ視力良いからバッチリ沢北の表情見て取れてた。
まぁ、そんなことどうだって良いんだけど。
でもさ、好きって言葉が聞けなくなると、ちょっと不安感じてたり。
なんなんだろう、オレ、沢北にベタ惚れみたい。
だから、これからもよろしくな。

オマケSSend