星に願いを

「星を見たい」

 気まぐれな仙道らしいその発言に一瞬にしてのせられて、もう時計も11時を回ったというのに仙道の腕を引き電車に乗り込む。流石にこの時間にもなれば乗客は数えるほどしかおらず、ボックス席を選んで二人向かい合わせに座る。しばらくは仙道もニコニコと笑ってはいたが、やがて眠い眠いと言い出す始末。まるでさっきの発言は他人のものだと言っているような仙道の言葉に肩を落としつつも、今から引き返すつもりは毛頭ない。その代わりとでもいうように、自分でも驚くくらいに仙道には甘いんだということを、その時自覚させられて思わず一人苦笑いを浮かべてしまう。

 ガタン、ガタンと時に不規則な電車の揺れを体に感じながら、ぼんやりと車窓から外を眺める。向かう場所は少し田舎だから段々と照明の数は消えていき、目当ての駅に着く頃には明かりは皆無といっても過言ではない程に真っ暗になっていた。

「おい、仙道。起きろ」

 眠いのはどうやら嘘ではないらしく(というよりも元々仙道は嘘をつくのが下手で、嘘をつく時は頬を掻いてしまう癖が出てバレてしまうから、元より嘘はつかない)、シートに沈んでしまっている仙道の肩を揺すり起こす。二、三回名前を呼んでやると、やっと目を覚ました仙道は顔に笑みを広げて開口一番に「おはよう」と言った。適当に返事を返してやり、もう着くということを告げるとうん、と言ってまた笑った。

 徐々に遅くなっていく速度と終点のアナウンスに心は躍る。まだ電車は停まっていないというのに、外を眺める仙道に声をかけて乗車した時と同じように腕を引き出入り口に向かう。

「そんな急がなくても」

 確かに仙道の言う通りだ。自分達がこうして出入り口付近にいたからといって、別に何も変わらないというのに、どうしても逸る気持ちの方が強くて結局返事はしなかった。返事をしたところで仙道がまた、調子にのって茶化してくるのは目に見えている。
 アナウンスが車内全体に流れ、と同時に重たいドアが開く。待ってましたと言わんばかりに仙道の腕を引いたまま電車から飛び降りる。暖かい車内から急に肌寒い外に出たものだから、一瞬体が強張るものの、また前を向いて改札口を通る。しかし背後を振り返ると仙道は、改札口でのらりくらりと切符を探している。いつもの仙道らしいそれだし、慣れているとはいえ、つい苛ついて上着の右ポケットに手を突っ込んでまで切符を取り出して駅員に渡す。駅員の苦笑いが鼻についたが仕方ない。

 どうして自分はこんなことをしてまで仙道と星を見たいのか分からない。

***

 月明かりがふんわりと落ちていて清々しい気持ちになる。
 仙道の手を握って、その手を放すことなく前へ前へ。普段屋外はもちろんのこと、屋内でも手を握ることに抵抗をもつオレが何故こうして手を、しかも自分から繋いでいるのか。手を差し出した時、仙道は驚いて「いいの?」とさえ訊いてきた。きっと差し出したオレの方が心中驚いていただろう。でもそんなこと、どうだって良いとさえ思えるのは何故だろうか。今日二つ目の謎。

「鈴虫の声が心地いいね」
「そうだな」
「秋は好きだな」
「どうして?」
「どうしてだろ」
「どうせ大食いのお前のことだから、食欲の秋だからとでも言うのかと思った」

 嫌味ったらしいことを言ってやると仙道は嫌味を気にも留めずに、そうかもしれないと笑った。そんな他愛のない会話を交わしながら、しかし足だけは歩を止めずに前へ前へ進む。
 民家の多い大きな道筋を抜け、車一台通るのがやっとというような狭い道へと入っていく。やがて益々道幅は狭くなっていき、人が二人並んで通るのがやっとというくらいの小さな道になっていく。初めて来た所らしく、視界の端に映る、仙道のキョロキョロと辺りを見回す様が面白くて可愛く思えた。もう少し歩くと今度は耕地が広がる。東京生まれの東京育ちの仙道は意外と緑に触れ合う機会も結構あったらしく(両親が自然が好きで息子の仙道にも緑の大切さを教えようと、小さい頃から色んな所に連れて行っていたらしい)、懐かしいよと呟いた。

「もう少しだ」
「うん」

 この頃になるとオレも仙道も口数は少なくなっていく。それもそのはず。目当ての場所はもう既に遠目に見えていて、逸る気持ちを止められない。しばらく歩くと今度は田園風景はそのまま小さな山が現る。管理が行き届いていないのか、木や草が生い茂った殺伐とした山へと足を踏み入れる。時々服やら靴に枝や枯葉がくっ付くのも気にせずに、ガキの頃みたいな気持ちになって登っていく。

***

「すげぇ」

 溜息と共に吐き出された言葉。最後の方は風が掻き消したのか、ただ仙道の声が小さくなった所為なのか分からなかったけれど、確かに仙道は言った。真っ暗な何もない空には月によって輝きを放つ星が、数は少ないけれど目を楽しませてくれるだけ広がっていて。でも、本当はもっと星が散りばめられた空を見せてやりたかった。人の手によって作られたプラネタリウムなんかで見る星よりも、もっと華やかで美しい空を。

「時期が少し悪かったかな。もう少ししたらもっと綺麗な空が見られるんだけどさ」

 後ろ頭を掻きながら言うと仙道は何も言わずに、これで十分だと首を横に振った。仙道は肝心の言葉にしない。でもいつもそれらはキチンとオレの心に届いて、心を温かくしてくれる。顔を見合わせ笑う。

「顔、赤いよ?」
「…ドラマなんかでこんなシーン、あるだろ?なんかベタっぽくて照れ臭くてよ」

 しかし仙道はまんざらでも無いように、そうかなと言って空を見上げる。それから学ランを纏った両腕を空に向かってゆっくり上げる。

「お前がいくら天才でも星は掴めないぜ?」
「分かってるよ」

 眉を下げ少し拗ねたように言った。
 空に両手を掲げれば届くんじゃないだろうかってくらいに、星は近い。だけど掴める訳はない。星は彼方向うにあって、手を伸ばしたって何をしたって届きはしない。けれど何か願うことは出来る。もし自分が願い事をするなら何を願うだろうか。
 地べたに座り込み星を眺める。たまに冷たい風が吹いて身を縮めることはあったけれど、仙道は星から目をはなさない。いくら昼間はまだ半そででいることも出来るような時期とはいえど、夜は違う。分厚い生地で出来ている学ランを着ていても、風邪をひくかもしれない。特にスポーツマンとなれば流石にそれは避けなければならない。終電はとっくの間に過ぎていて家に帰る術はない。が、せめて風除けが出来る場所に移動しなければ。

「仙道、そろそろ帰るぞ」

 仙道も首を縦に振るかと思った。予想に反して仙道は首を横に振って、帰ることを拒否した。勘弁してくれ。思わず肩がうなだれるのを感じずにはいられない。

「ちょっと遠いけれど、ここだったらまたいつでも来れるんだから。それに次はもっと良い星空を見られるかもしれないし。ほら、立てよ」

 それでも仙道は立たない。半ば強引にでも立たせようかと腕に手を伸ばしかけた時、ゆっくりと仙道は言葉を紡ぎはじめた。

「ここにはもう二度とこれなくても良い。だけどね、この星達を出来る限り見つめていたいんだ。それからここに来れたっていう今っていう時間をもっとさ、堪能したいんだ」

 何も言わずその場に跪き、色白の頬に手を添えゆっくり口付ける。乾いた唇は微かに震え、オレを受け入れた。

***

 朝焼けに染まり始めた空を眺めながら考える。どうしてオレはこんなことをしてまで仙道と星を見に来たのか。分からなかった答えは意外とすぐ傍にあったと気づく。仙道の為ならっていう気持ちが、あんな行動をとらせたんだろうと、今は既に眠ってしまった仙道を見ながら思う。
 あの時繋いだ手は、ただただこの手から離したくないから。気まぐれでふらふらしている仙道はいつ、オレの許から離れるか分からない。いつまでも束縛している訳にはいかないのは分かっている。でも今だけは弱さも何もかも許してほしいと思う。
 それから今もここにいる理由。きっと仙道が言ったとおりのことを、オレも心のどこかで望んでいたのかもしれない。仙道がそう言うことで、オレという存在がもっと仙道の中で大きくなれば良い。そう思ったんだ。
 帰りたくない、もっとここにいたいっていうのは、オレと来たということを何よりも大切にしたいということだろ?
 独り善がりのみっともないエゴだとしても、そうであって欲しいと朝焼けの空に浮かぶ小さな小さな星に願いを込めた。

End

*
CPは決めてないけど、とりあえず仙道受け。
10月~11月にかけての拍手お礼SSでしたが、すこし早かったかな??とか思いつつ。

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