30 6月
2021

ケサランパサラン

またしても仙道と宮城の話です。
仙道が天然というか不思議ちゃんになっているという。
でも、沢キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!を北沢と覚えているあたり、仙道は天然だと思う。


せっかくの部活も何もない日曜日。
宮城は気だるそうに片足に重心をかけたような格好で、少し早く流れる真っ白な雲を眺めていた。
近くにベンチがあるのだから座ればいいのだが、どうも気が乗らない。何故ならば、宮城の周りは恋人たちで溢れかえっており、これから会う奴と仲良くベンチに座るなんて考えたくもなかったからだ。それこそ寂しくなる。
という訳で宮城はベンチに腰掛けずに、このような格好で先ほどから空ばかりを眺めている。
それから、宮城は何となく今日の日のことを考えてみた。
一週間ほど前、部室にて部活の予定表を見た時、宮城は実に嬉しそうな顔をしたものだ。
愛しの彩子をデートに誘える、と。
部活以外で彩子と二人きりになることは数少ない。やっと巡ってきたと思ったチャンスも、一学年年下の花道と、一学年年上の三井に邪魔をされてしまうからだ。ちょっかいを出してくる時の彼らの目は異常なほどに輝いている。そして、その度に宮城は涙を飲むことになる。
そんなこともあり、これは絶好のチャンスだと踏んだ宮城は早速、手に汗握り彩子に声をかけた。

「あっ、彩ちゃん!来週の土曜日暇?」

彩子は困ったように笑いながら、それでも綺麗な顔をくしゃりとさせて申し訳なさそうに答えた。

「ごめん。もう、他の子と約束があるんだ」

いつもは冷静な宮城でも、彩子のことになるととても弱くなる。それ以上は誘えるわけもなく、宮城は落胆するしかなかった。
…とは言え、まさかアイツに会う羽目になるとはな。自嘲気味に宮城は一人笑う。
宮城のいうアイツとは陵南高校のバスケ部エース、仙道のことだ。
190センチという大柄な体。しかしバスケでは、その華麗な動きで誰もが目を見張るプレイを魅せつけてくれる。
また宮城と同じポイントガードというポジションもこなす仙道の存在は、宮城にとっても、湘北のメンバーにも良い刺激を与えてくれる。尊敬すべき、また絶対に倒さなければならないライバルなのだ。
そんな仙道から、昨夜自宅に電話が入った。仙道の家には電話がない。どうやら公衆電話からだということが、受話器越しから聞こえる車のエンジン音から伺えた。さっさと電話を買えばいいのに。宮城はいつも思う。
適当に挨拶を済ました仙道が、最近は本当に暑くなってきたねぇ、などとのんびりとした口調で世間話を始めた。陵南のキャプテンは意外とおしゃべりらしい。
一方の宮城はあまりベラベラと喋る方ではない。男は寡黙な方が格好いい。そう思っているからだ。

そう思うようになった切っ掛けは、宮城がまだ幼稚園の頃。

何気なくテレビで見た映画のヒーローは寡黙で、でも優しくてとても強い。その姿は幼き宮城に感動を与えた。それからだ。宮城が寡黙になったのは。そして、今でも、そのヒーローは宮城のヒーローだ。もちろん、寡黙も流川までいくとそれはそれでどうかと思うものだ。
とにかく、寡黙な男、宮城には世間話など不要なのだ。女の子の世間話なら喜んで聞くのだが。
話は進んでいき、彩子との関係はどうだと訊ねられたところで、宮城が言葉を遮り用件はなんだと問う。
世間話を遮られてしまった仙道は、つまらなそうに、宮城に見てもらいたいものがあると伝えた。どんなものなのか問うが、今は答えられないとのこと。会ってからのお楽しみ。仙道はそう言った。そこまで言われると宮城も気になってしまう。
翌日の昼ごろに会う約束をし、そして今に至る。

「いてて…」

長いこと空ばかり眺めていた所為だろうか。首がこってきたことに気づき首を摩る。
首を左右に回していると、前方から見慣れた髪を逆さに立てた男がやってくる。仙道だ。
仙道はこちらに気づいていないらしい。辺りをキョロキョロと見渡している。
すぐに分かるだろうと、放っておいたものの中々仙道がこちらに気づく気配はない。見るに見かねた宮城が仙道を呼んだ。

「おい、こっちだ。仙道」

呼ばれた仙道は、安心したように宮城の元へやって来た。

「こんにちは。今日も本当に暑いねぇ」

大きな体をお辞儀をするように丸めた。大きく開いた襟口から白い鎖骨が覗く。
何となく鎖骨から視線を外して、挨拶もままならないまま宮城は先を歩いた。
ベンチに腰を掛けようとした仙道が、不思議そうに宮城を呼び止めた。

「あれ?ちょいと座って話でもしようよ」

振り向いた宮城は言った。不機嫌そうに口を尖らせている。

「こんな所に長居してらんねぇよ。さっさとお前ん家行くぞ」

再び前方に向き直り、せかせかと歩き始めた宮城に仙道はやれやれと呟く。
ボリボリとシャツの上から腹を掻きながら、ゆっくりとした歩みで宮城の斜め後ろを歩く。
その時、ふと仙道は辺りを見回した。というよりも、長身の彼だから自然に色んな風景が目に入るのだが。
それから宮城が「こんな所に長居してらんねぇよ」と言った意味が分かった。
仙道たちの周りは仲の良さそうな恋人たちばかりだったからだ。きょとんとした顔から、仙道は意地悪な笑みを浮かべ呟いた。

「なるほどねぇ」

仙道の部屋はいつだって片付いている。
以前、この部屋を訪れた時、片付いていることに宮城は感心の言葉を漏らした。オレの部屋に比べたらすげぇキレイだ、と付け加えて。
すると仙道は、物が少ないから散らかしようがないんだよ、と笑った。
確かにそうかもしれない。電話もない部屋には、衣類や数少ない食器といった必要最低限な物しかない。だから、散かしようがないのだ。
それでも片付いた部屋に、宮城はいつも感心している。

「はい、暑いだろ」
「お、サンキュ」

麦茶の入ったグラスを一つ、宮城に手渡す。グラスの中に入った氷が、カランと音を立てた。
早速一口啜ると、麦茶の独特な味が改めて夏の訪れを教えた。
思っていたよりも、喉が渇いていたのだろうか。一気にグラスの中身の麦茶を飲み干すと、仙道がまた麦茶を注いでくれた。
なんとなく、ぼんやりと仙道の腕を見ながら、宮城は訊いた。

「で。今日はどうしたよ?」
「あ、あぁ」

用件は何だと訊かれた仙道は、卓袱台の下に置かれた縦が20センチ程の筒状の透明な空き瓶を卓袱台の上に置き、宮城に見せた。
この部屋に入った時、宮城の目に一番に入ったものだった。
そして、初め見た時は空き瓶だと思っていたそれもよく見てみれば、それは空き瓶ではなかった。
中に何かビッシリと白い粉が瓶の底に敷き詰められている。
思わず目を中央に寄せ、怪訝そうに瓶の中を見る。その為に細く整えられた眉も自然と寄った。

「なんだこりゃ。もしかしてヤバいクスリか?」

思ってもいない答えに、垂れた眉を更に垂らして仙道は苦笑した。

「変なこと言うなよ。ケサランパサランって言うんだよ」
「は?ケサランパサラン?」

聞いたことも無いその単語に、宮城の眉間の皺は益々深くなる。
せっかくの休日、訳の分からないことに巻き込まれるのではないか。そう思った。
不審な宮城の目も気にすることなく、仙道は「うん」と頷いた。

「ケサランパサランっていうのはさ、妖怪なんだ」
「妖怪?」

妖怪という言葉に、日本中で有名な色んな妖怪を描いている漫画家の名が宮城の頭の中に浮かんだ。そういえば、最近あの人の漫画読んでなかったな、と思いながら宮城は話の続きを待った。

「うん、妖怪。でも悪いヤツじゃねぇんだよ。願い事を叶えてくれる、良いヤツなんだ」
「…へぇ。座敷笑童子…みたいな?」

仙道は一つ頷いた。

どうやらケサランパサランという妖怪は、約1センチ程の、見た目は耳かきの先端についている綿のような感じらしい。
中心にはリング状の輪っかがあり、そこから放射状に細く白い毛が無数伸びているのだという。
そして、一つ願いを叶えるとパチンッと音を立て弾けて消えてしまう、と。

また、仙道がその妖怪の存在を知ったのは1週間ほど前のことだと言う。
丁度東京にある実家に帰った際に、実家に住んでいる姉が仙道にケサランパサランの存在を教えた。
姉は別に信じている雰囲気はなかったが、話のネタに話したのだろう。

「だってさ。どう思う?彰」
「どうって言われてもなぁ」

一方の仙道はというと、仙道も初めは信じていなかった。ただ、面白いから姉の話を聞いていただけだった。
が、東京から神奈川のアパートに帰宅した彼の前に、ケサランパサランは現れた。
ベランダに干してある洗濯物を取り入れている時、空からふわりとした毛玉が二つ降ってきたのだ。
普段なら見も振り向きもしないだろう、その毛玉。
しかし、姉にケサランパサランの話を聞いていた仙道は面白半分に捕まえて、インスタントのコーヒーの空き瓶に入れてみた。
早速何か願い事をしようと思ったが、特に願い事を思い立つことはなく、ケサランパサランは瓶に入れたまま用事を済ませ眠りについた。

翌日何事もなかったかのように学校へ登校し、いつものように部活に出た。
そして、部活も終わり帰宅した時、食料がないことに気づいた。
別に食べなくても良いと思っていたが、何故かその日に限って仙道の腹の虫がゴロゴロと大きな音を立てた。
やれやれ、困ったな。買出しにでも行くか。
近くのディスカウントショップへ買出しに行こうと思い、適当に私服に着替え玄関のドアを開けたと同時に、急に大雨が降り始めた。
確かに夕方はかなり曇ってはいたが、よりによって今降らなくても。仙道は落胆した。
仙道は願ったらしい。
「誰か食いモン、持ってきてくれないかなぁ」と。
だが、そんな都合の良いことがある訳もなく途方に暮れるしかなかった。
諦めて玄関のドアを閉めるとリビングへと戻りテレビを点け、天気予報を見る。
仙道は肩をダラリと落した。この大雨は朝方まで続き、そのうえ、注意報まで出ている。今晩中には止みそうにもない。
その間も仙道の腹の虫は鳴り続ける。

「勘弁してよ」

滅多に吐かない弱音を吐いて、仙道は鳴り続ける腹を気休めにと摩り続けるしかなかった。
そんな時インターホンが来客を知らせ、不機嫌そうに頬を膨らませながら玄関に向かう。
ドアを開けたと同時に仙道は少し驚いた顔をした。
そこには魚住が立っていた。
この雨の所為だろう。下半身から下は濡れてしまっていて、気持ち悪そうな表情を浮かべている。
「これ」と言いつつ、2メートルもある大柄な体を少し身を屈めるようにして、ずいっと仙道に紙袋を差し出した。
不思議そうに中を覗く仙道に魚住は言う。

「寿司だ。親父が作りすぎたらしい。お前いつもマトモなモン食ってないだろ?だから持ってきた」

魚住が言い終わる前に仙道は、部屋の中央に陣取っている卓袱台の上に置かれた瓶を見た。

もしかしたら…、いや。これはやっぱり。
感謝の言葉を述べて、部屋に上がらないかと誘ったが用事があるとのことで魚住は帰っていってしまった。
それから、仙道は部屋に戻り瓶の中を覗く。
2匹いたはずのケサランパサランは、1匹しかいなかった。
仙道がケサランパサランを信じるようになったのは、それからだ。
それから、ケサランパサランの好みの物についても仙道は詳しく、丁寧に宮城に話した。
ケサランパサランは、化粧で使う白粉を好むらしい。だからこうして瓶に白粉を入れているのだと。
面白いことに白粉と一緒に飼うと、ケサランパサランは喜んでか増えるらしい。

「どれ。ちょっと見せてくれよ」

初めは半信半疑に聞いていた宮城だが、話を聞いていくうちに少しずつケサランパサランに興味を持ち始めた。
関心を持ってくれたらしい宮城に、仙道は喜んで手にしている瓶の中身を見せた。
興味深そうに瓶の中を、透明なガラス越しに覗く。
底に敷き詰められた白粉が一番に目に入る。それから、その敷き詰められた白粉の表面に確かに、一見ゴミのような真っ白な綿が目に映った。
信じかけてはみたものだが、いざ目にしてみると本当に願いを叶えてくれるのだろうかと疑ってしまう。
だが、そんなことも面と向かっては言えなかった。
ケサランパサランについて話している時の仙道の表情は、いつも見せる一枚仮面を被ったような表情ではなく、自分にだけ心を許してくれているような表情だったからだ。

そのことが、宮城の心をほんわかと温かくさせた。

現実主義といった性格を持ち合わせた宮城は、こういった時醒めた感じの返事をし、空気を壊してしまうことも多くはない。
悪い癖だとは思うが、治らないものは仕方ない。
それでも何とかいつもの癖を心の奥底に閉じ込めた。

「へぇ、目はねぇのかな」
「どうかな…。きっと毛に埋もれてるのかもな。だからこうやって適当に辺りを飛んでるのかもしれない」

面白い発想をしてる奴だ。宮城は思う。

「これ…。ケサランパサラン、もう他の奴には見せたんか?」

嬉しそうに笑っていた仙道の表情が曇る。口許は薄笑いを浮かべてはいるのだが。その表情を見て、宮城は察した。

「見せたんだけど、皆に馬鹿にされた」

やっぱり。
まぁな、こんなモン信じる奴なんていねぇよな。ガキならとにかく。おおよそ越野辺りに笑われたんだろうな。んで、オレのところに見せにきたと。
そう思った宮城は、哀れみを込めた目で仙道を見る。
正直のところ、ケサランパサランの存在全てを信じている訳ではない。
仙道が見せてくれたケサランパサランも、実は単なる毛玉ではないのだろうかとまだ疑っている。元々霊感といった類のものは信じていない。だからこそ、急に信じろというのは無理難題な話なのだが。

だが。

もし、このケサランパサランが本物で、ケサランパサランが本当にいたとしたら、自分はどんな願い事をするのだろうか。
彩子に気持ちが伝わりますように。いや、そんなことよりもバスケでもっと強くなって、来年こそは前キャプテンが叶えられなかった全国制覇ができますように。

きっとそんなことを願うだろう。

そんなことを思う時の心の中は、晴れ晴れとしていて、とても楽しい気持ちになる。
しかし、こんなことを思う自分は、もしかしたら仙道に感化されたのかもしれない。
少し悔しい気もしたが、仙道を尻目に瓶の中を覗き言った。

「オレは…いると思うぜ。ケサランパサラン」

仙道が意外と言いたげな表情をした。宮城にも笑われて終わりかもしれないと思っていたのだろう。
瓶の中身を見たまま宮城は続けた。言葉を紡いでいく宮城の横顔を、仙道はただただ見つめた。

「だってよ、スゲェじゃねぇか。願いを叶えてくれる妖怪なんてさ」

夢を見るのも悪くない。そう思っての発言ではあったが、言い終えて妙な照れ臭さが宮城を襲う。
今度は瓶から視線を外して窓の外に目をやる。自分が何やらクサイ台詞を言うのが分かっていたからだ。

「願い、叶えてくれたんだろ?良い奴じゃん。良かったな、ケサランパサランに巡り会えて」

言い終えた後、顔が熱く火照っていることに気づいて、宮城は益々顔を赤らめた。
仙道も「おう」と短く返事をして、ケサランパサランが入った瓶を眺める。

その数日後、宮城の元に仙道から電話が入った。
あれだけ大切にしていたケサランパサランを、つい先ほど自分の手で逃がしたらしい。驚きと共に、どうして逃がしたのか訊いた。
あんな小さな瓶に閉じ込めておくのは可哀想だ。だから逃がしてやった。そう言った仙道の声はとても清々しい。
電話越しではあるが、仙道が今、どんな顔をしているのか想像がついた。その表情を想像すると宮城も嬉しい気持ちになって、一言「そうか」とだけ返した。

綿菓子のようにふわふわとしたケサランパサラン。
たった一つの儚い命を、その人の為だけに消耗させるケサランパサラン。
気まぐれに誰かの元にやって来て、幸せを与えてくれるケサランパサランは、きっと今頃澄み切った真っ青な空を飛んでいるのだろう。

End

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